愛知県新城市竹広字信玄原・信玄塚 火おんどり
2010年8月15日〈日〉.愛知県新城市竹広字信玄原の信玄塚で火おんどりが行われました.
天正3年(1575)武田軍と織田・徳川連合軍が,ここ長篠で激突し多くの戦死者が出ました.戦の後,竹広の人々は武田軍の戦死者は大塚,織田・徳川の戦死者は小塚に手厚く葬りました.この戦での戦死者は,六千人とも八千人ともいわれていますが,その多くは武田軍の戦死者だったといわれています.
ところが,その後死者を供養した塚から蜂が大量に発生して,村人や牛・馬に被害が出ました.この大量に発生した蜂は武田軍の戦死者の亡霊と信じた村人たちは,早速大施餓鬼とともに松明をともして,その霊を慰めたのが火おんどりの始まりだといわれ,「火踊り」が転訛したものといわれています.

15日の日暮れになると,その頃の庄屋である峯田家に一同が集まり,小川の水で身を清め,火打石できった火を松明にうつし,鉦と太鼓・笛ではやしながら,行列を作って山形昌景の墓をふりだしに信玄塚へ進み,大塚,小塚の間を三回まわります.
その後,大松明にも火を点けて,『ヤーレモッセ モッセモモセ チャンチャコ マーツヲトーボイテ ヤーレモッセ ナンマイダ・・・』と唄いながら,大きいものでは,長さ3メートル以上,直径6〜70センチもの大松明を勇壮に振り回します.
愛知県の無形民俗文化財に指定されています.

「お祭り見てある記」の『火おんどり』もご覧ください→『火おんどり』
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