恵那文楽 | |||||
壽式三番叟 | 太功記十段目・尼ヶ崎の段 | ||||
9月29日(水).岐阜県中津川市の恵那神社例大祭に奉納される,恵那文楽を拝観させていただきました. ネットで調べたところでは,12時開演.となっていました. 恵那神社まで約100キロ.中央高速を使うことを考え約1時間半.余裕を見て9時少し過ぎに出発しました.41号を北上し小牧ICから東名高速へ.最近は名古屋高速の工事も終了して,小牧ICまで40〜50分とずいぶん早くなりました. 中津川ICで中央道を降りて19号へ.栗きんとんでおなじみの川上屋の前を通り過ぎて363号へ.中津川沿いに遡っていきます. 途中「恵那文楽」の標識があり,川上の集落に入ると,道路に柵が置いてあり,地元の方が駐車場へ誘導していました.駐車場は,廃校になった小学校の跡地のようです.荷物を持って歩いて行こうとしたら,駐車場の入り口で,「乗ってください」と,ワゴン車に乗せていただきました.5〜6分で恵那神社へ.ここにも大きな駐車場がありますが,すでに満車.それを見越して,参拝するもののためにワゴン車を用意していただいているようです.これほど沢山の方々の参拝があるとは,ちょっと驚きでした.恵那神社は延喜式神名帳にも記載されていた歴史ある神社で,地元の方々から深く信仰されていたことが感じられます. 神事が終わった後,直会殿で直会が始められるのに合わせて「文楽奉納殿」で12時45分頃から文楽が始まりました. この日の芸題は『壽式三番叟』と『太功記十段目 尼ヶ崎の段』の二本です. 『壽式三番叟』−おめでたい場で行われる定番の芸題です.地元の子どもたちもまずこの三番叟から練習するそうです. 五穀豊穣、家内安全を願うものです. 『太功記十段目 尼ヶ崎の段』−一般に太十とよばれているもので,武智光秀の物語です.十次郎と初菊の別れや戦の物語です. 13時半過ぎ大功記十段目が終了.この後餅撒きがあるようで,三脚やカメラを片付けていたら「餅撒きが始まるから危ないよ!」といわれ,取りあえずバッグにカメラを突っ込んで脇によけました.片付けている間に餅撒きが始まりました.yoshikの近くにもお餅が飛んできたので,計3ついただくことができました. 帰りは,ワゴン車ではなく荷物を担いで歩いて下りました.約25分.下り坂で比較的楽に歩くことができました.途中「ウェストン公園」脇を通って駐車場へ. 帰りも来たときと同じルートを通って帰りました. この恵那文楽は,いつ頃からこの地区で行われるようになったかの詳しいことはわかりませんが,元禄年間(1688〜1704)淡路のくぐつ師が美濃を巡業したとき,川上(かおれ)地区の人々に伝授したのが始めとされています.その頃は「中津川宿の操り人形」として大いに栄えました.その後,盛衰はあったものの昭和十年代より,毎年9月29日の恵那神社祭礼に奉納され,現在は保存会が中心となって,各地での公演や後継者の育成を行っています.岐阜県重要無形民俗文化財に指定されています. 「山車とまつり」の「恵那文楽」もご覧ください→「恵那文楽」 ブログ「yoshikの部屋」には,この日出演した人形の頭のみアップしてあります→「yoshikの部屋」 恵那神社はこちら→Map |
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