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No01:五色の幕や幡で飾り付けられた大仏殿
No02:準備が出来て開会間近の大仏殿前に設けられた会場
No03:「盧舎那仏賛歌」を演奏するオーケストラ,合唱団の皆さん
No04〜23:天理大学と奈良大学の学生さん方による『伎楽』の演奏
No04〜05:獅子を先頭に入場してきた登場人物が大仏様にご挨拶
No01 (196kb) No02 (207kb) No03 (202kb) No04 (145kb) No05 (151kb) No06 (115kb)
No06〜07:登場人物,楽隊の簡単な紹介
No08〜23:ここから伎楽の演奏に入ります.
No07 (147kb) No08 (164kb) No09 (130kb) No10 (146kb) No11 (122kb) No12 (189kb)
No13 (170kb) No14 (144kb) No15 (145kb) No16 (130kb) No17 (132kb) No18 (155kb)
No19 (132kb) No20 (145kb) No21 (167kb) No22 (136kb) No23 (178kb)
この時上演された伎楽をビデオなどで記録してあれば,内容をお伝えできるのですが,残念ながらデジカメの画像だけ.しかもメモ書きなども取っていませんでした.そこで,このページを作るに当たって『伎楽』について調べてみましたが,この時上演された内容と,資料などで調べた内容が一致しているかどうか定かではありません.まあ,参考程度にしていただけたら.と思います.

伎楽』ー7世紀前半日本に伝えられた物で,西域地方の雑劇の一つと思われる.三種類の楽器(鉦盤‐後に銅ばつ子,腰鼓‐後に三鼓,笛),を伴って演じられる無言の仮面音楽舞踊劇.聖徳太子の奨励によって栄えたが,声明や雅楽の伝来で次第に衰退し,江戸時代には殆ど滅びてしまった.(国語辞典や百科事典などの説明)

『伎楽』の上演ぶりは鎌倉時代に狛近真によって著された『教訓抄』が唯一の物である.
それによると,
1.行道(ぎょうどう)-師子(獅子のこと)を先頭に踊物・笛吹・帽冠・打物らが練り歩く.
2.師子舞-雅楽の「陵王」に似た音楽を伴奏に獅子が舞う.
3.呉公(ごこう)-扇を持って登場.笛を吹いたり止めたりする所作に合わせて楽屋から笛吹をする.
4.金剛-力士の助演者.
5.迦楼羅(かるら)-走り回って鳥のように舞う.口が山形に裂けたグロテスクな面を被る.
6.波羅門(ばらもん)-古代インドの四階級制の最高位のもの.幼児のうぶぎ・おしめを洗う「ムツキアラヒ」とも言われている.
7.崑崙(くろん,こんろん)-五(呉)女が燈臚(とうろう)の前に立っているところに2人の崑崙が現れて舞う.その後,団扇を額にかざして,2人の呉女に懸想する.
8.力士-テンポの速い音楽に乗って力士が登場すると,金剛も現れ,崑崙の持っていた作り物の陽物に縄を付けて,それを棒で打ち,祈るような身振りをしながら舞う.
9.大孤(たいこ)-老女が2人の孤児を連れて腰を押させ,膝を打たせて仏前に参詣し,左右に子を置いて礼拝する.
10.酔胡(すいこ)-王1人.従者6人の舞.酔態を演じる.
11.武徳楽(ぶとくらく)-今日残っている雅楽の曲で,演技をしないで曲だけ演奏した.

1の「行道」を除いて2〜11までを合わせて「伎楽の十妓楽」とよぶ.また,「崑崙」と「力士」を合わせ,「武徳楽」を除いて「伎楽の八妓楽」とよぶ.
参考文献: 「教訓抄」   狛近真
「日本音楽の歴史」 吉川英史  創元社
『講座日本の演劇2「古代の演劇」』  勉誠社
より:「伎楽伝来」「伎楽演出」  新川登亀男