岐阜県不破郡垂井町宮代・南宮大社  南宮大社例大祭
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2012年5月5日.岐阜県不破郡垂井町宮代の南宮大社で例大祭が行われました.
例大祭では,かつては府中の御旅神社に南宮大社があった,と云われていることから,年に一度祭神がお帰りになる神事と,蛇山神事が行われます.

10時から,関係者が集まって神事が行われ,午後1時半の一番太鼓で,氏子たちが高舞殿に安置された御輿の準備を始めます.
午後2時.二番太鼓の合図で,宮司始め神職の手によって神霊が三台の御輿に移されます.
午後2時半.三番太鼓の合図で,御旅神社への行列が出発します.
およそ1時間かけて,御輿が御旅神社に着くと,神事が行われ,休憩の後,本社に帰る還幸が行われます.
還幸の途中,宮代の市場野に設置された祭礼場で,三台の御輿は御輿上がりに安置され,蛇山に併設された楽車で還幸舞が奉奏されます.

還幸舞は,「鞨鼓舞」,「脱下舞」,「竜子舞」の3つの舞からなっています.この還幸舞はお囃子も舞人も男子が奉仕します.
最初に,侍烏帽子に素襖を着けた横笛1,小鼓2,大鼓1,締め太鼓1の5人と,紋付き袴姿の歌方2の計7人が楽車に入場し,還幸舞の奉奏が始められます.最初は
「鞨鼓舞」小学低学年の男児2名の舞です.宝冠とちはやを着け,鞨鼓を胸のあたりに付け,両手にバチを持って,お囃子に合わせて舞います.

次は
「脱下舞」−小学高学年の男児2名の舞です.「ユライ」と云われる紫縮緬の長い頭巾をかぶり,下に緋の縮緬の長襦袢を着,上に縮緬で友禅染総模様の小袖を着けます.上の小袖の右肩袖を脱いで,伊達棒に袖と袂を巻き付け,伊達棒を背負うように付けます.手には赤地の扇を持ち,開いて歌方の歌に合わせて舞います.
片袖を脱いで舞うので,「脱下舞」というそうです.この舞には歌が付けられています.
《ありがたや,ところはんじょうの御代なれや,山やだんじり,神のむかひに,神のむかひに
あめにきる,みののを山の松が枝ぞ,ともに栄ゆる神の上に,神の上に
けふことに,にぎはふ国のみやしろや,山や花かさ,神のみまへに,神のみまへに
ひさやまに,栄ゆる松の御代なれば,立まふ袖の千とせかさぬる,千とせかさぬる》(「垂井町史」より引用させて頂きました)

最後は
「竜子舞」−鞨鼓舞と脱下舞を舞った4人の舞です.木彫りの竜頭を被り,茶色の筒袖に,裁付袴を着けて舞います.舞の後半でお囃子が急な調子にかわり,舞も早くなります.4人の竜子は楽車の柱を激しく揺り動かします.それに呼応して蛇山の蛇頭も激しく舞います.

その後,御輿は本社まで還幸しこの日の行事が終わります.


もう一つの神事である蛇山神事は、神幸式と平行して行われます.五穀豊穣を願う農耕信仰の神事で,5日の夜中蛇池より降神した竜頭を,市場野の蛇山に取り付け,明け方から御輿が還幸するまで,お囃子に合わせて竜頭を上下左右に激しく動かします.

室町時代の記録に,南宮大社の神事芸能が記録されており,古くから祭典が行われています.
国の重要無形民俗文化財に指定されています.

「おまつり見てある記」もご覧ください→「南宮大社例大祭
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還幸舞
囃子方の入場
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No18 No19 No20 .
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鞨鼓舞(かっこのまい)
No21 No22 No23 No24 No25 No26
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. 蛇山
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脱下舞(ぬぎさげのまい)
No33 No34 No35 No36 No37 No38
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蛇山
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No39 No40 No41 .
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竜子舞(りゅうしのまい)
No42 No43 No44 No45 No46 No47
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No48 No49 No50 No51 No52 No53
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囃子方の退場
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No54 No55 .
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参考資料 : 垂井町史 通史